オーナーのひとり言

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

“我を通す”・“強い心”

“我を通す”
“強い心”

似ているようで、全く違う意味を持つ。

“我を通す”ということは、結局は、自分の考えだけを尊重し、人の意見を聞き入れない、
話し合いをしているようで、結局は、最初から答えが決まっていて、話し合いにはなっていないということ。

本当に“強い心”の持ち主は、同時に“柔軟な心”の持ち主でもある。
最終的には、自分の意思を貫くのだけれど、人の意見も取り入れながら、物事を進行していく。
相手に合わせながら物事を進めていく。
こちらの方が、軸となる自分の考えはぶれなくて、
自分では思いつかなかった考えなどをプラスできる分、軸が太くなり、
また、何よりも、周りとの調和も重んじるために、他人から悪く思われることがないので、
“負”のモノが働かない分、スムーズに事を進めることができる。
最終的には(長期的にみれば)、我を通して、物事を自分の思い通りにした時よりも
圧倒的に、こちらの方が優位な状況になっているのは確かなこと。
「損して徳とれ」である。

私もそうですが、自分の考えを、思いを通そうとするときは、
全体が見えているようで、結局は、目先のことしか見えていないことがほとんどである。
また、結局は、自分側からしか物事が見えていない。
冷静に物事を考えているようで、実は支離滅裂なときがほとんどだ。

「物事の全体を見る」

物事の全体とは、前後・左右・上下。
物事の核となる部分を中心に、球を描くように物事をみること。

自分が出した答えは、本当に物事の全体を見ているだろうか…?
物事を、小さな球でとらえていないだろうか…?
常に、自問自答することが大切ではないだろうか…。




スポンサーサイト

『天に口なし、人を以て(もって)言わしむ』

すごく久しぶりの「オーナーのひとり言」ですね
日々に追われて、気づいたら、1年以上も書いていませんでした
早いもので、今年も残り1か月余りとなりましたが、
本当に、毎日毎日過ぎていくのが早くて、時の流れについていくのが、やっとな感じです

もうすぐ誕生日を迎え、また一つ歳を重ねるのですが、
いつの間にか、私も年齢は立派な大人になっていますが、
果たして、年齢と同じくらい中身が成長しているだろうか…と、ふと考えることがあります。

当たり前のことですが、ある程度の年齢に達すれば、
または、さまざまな社会的な地位や立場にいれば、
良いのか悪いのか、子供の時のようには、誰も叱ったり、注意したりしてくれなくなるものです。

そんな中で、どうやって、まだまだ未熟な自分を正し、成長させることができるのだろう…

有り難いことに、現状では、まだ私にいろいろな事を教えていただいたり、
私を諭し、導いていただける方々がいらっしゃいます。
それは、もちろん私よりも年齢も経験も地位も、
すべてにおいて私など足元にも及ばない方が大半ですが、
私よりもずっと若くて、世間的には、特にこれといったモノをまだ持っていらっしゃらない方、
極端に言えば、子供たちや自然からもたくさんのことに気づかされ、
学ばされる事もたくさんあるのです。

『天に口なし、人を以て(もって)言わしむ』

天(神)には口がないから何も言わないが、その意思(思い)は人の口を通じて告げられる。
という意味のことわざです。

たいした人生を歩んでいない私でも、
もしも神様がいらっしゃるならば助けていただきたい…。
どうしたらいいのか教えていただきたい…。と思うこともあります。
でも、私は、神様の声が聞こえるわけでも、何かが見えるわけでもありません…。
そんな時、誰かの言葉や行動が、映画のセリフが、流れてきた歌の歌詞が、
私の目や耳に入ってきて、
「あぁ、こういうことなのか…」とか、「そういう風に考えればいいんだ…」とか、
「それが大事なことなんだ…」と、答えを教えていただき、私を助けてくれました。
そして、少しずつ少しずつ私の感覚を開放し、成長させてくれたような気がします。
振り返って考えてみると、本当に“自分に必要なモノ(言葉や考え方)”が入ってくるときは、
自分の心がオープンでフラットな状態で、
相手(その人・その物)に対して何の先入観も持っていないときだったように思えます。
先入観を持ってしまっていると、相手を見くびってしまって、
大切なことを教えていただいているのに、それに気づく(それをキャッチする)ことができなかったり、
あるいは、相手を過大評価して、自分には必要ないものをキャッチしてしまったり…。

それと、やはり、人は常に“素直”“謙虚”でなければ、
結局は、自分が損をしてしまうんだなぁ…と改めて見せられることがよくあります…

私は、『自分の人生は、他の誰でもない自分自身でしか作ることができない』と考えていますし、
同時に、『自分の言動や思いは、すべて自分に返ってくる。それが、自分の未来となる。』
とも思っています。
ですから、当然のことながら、自分の人生の中心は“自分自身”です。
現状は、過去の“自分”の結果であって、良いことも、まだ自分の理想には達していないことも
すべて自分の考え方・言動の結果に過ぎない…。
自分の人生は、全て“自分が発信したものが返ってきているだけ”だとしたら、
何かしらの大きなチャンスを得ることも、逆に大きなチャンスを逃してしまうことも、
それらは、ただ単に運が良い悪いという短絡的なものではなく、
全ては自分の考え方や言動の結果にすぎないのではないでしょうか…。
いくら自分は周りからこう思われたいとか、こんな立場になりたいとか、
さまざまな自分の欲求があったとしても、
それらを得られるための考え方、行動ができていなければ、欲求を満たすことはできない…、
それ相応のモノを持っていなければ、行動を起こしていなければ、
特に、他人からの評価や名声というものは、得ることは難しいのではないでしょうか…。
いくら自分は、ちゃんとしているつもりでも、頑張っているつもりでも、
世の中の道理がきちんと理解できていなければ、
自分が欲しいものを得ることは難しいのではないか、
たとえ一時は得られたとしても、それを継続することは、なお難しいように思えるのです…。
自分が得たいモノが人並み以上のモノであればあるほど、優れていれば優れているほど、
それ相応の素養教養が必要になってくるのではないでしょうか…。
果たして今の自分は、自分が欲しているモノに相応しい自分になっているかどうか、
常に自分自身を客観視する必要があるのではないかと思うのです…。


私は品行方正、清廉潔白ではありませんが、
少なくとも“世の中の道理”の基本部分は理解できているつもりです。
また、オーナーという立場柄、業務的なことはもちろん、
時には、“社会人として”、また“人として”、
自分なりにいろいろなことを伝えていかなければいけない立場にあるとも思っています。

例えば、私がスタッフの言動に「…?」と思うことがあったとします。
そういう時は、ある程度までは自分の中に留めておいて、様子を見て、
目に余るようであれば、直接お話をさせていただくようにしています。
誰でもそうだと思いますが、人に何かを伝えるときには、
どのようにお話すれば、自分の思いを、自分が伝えたいことを理解していただけるだろうか…と
考えて、考えて、お話しますし、手紙であれば、「これで大丈夫だろうか…」と
何度も読み返して投函します。
それが、特に自分が大切だと思う人であれば、尚のことではないでしょうか…。
親が子供を想うとき、上司が部下を想うとき、
あるいはパートナーが、友達が相手のことを想うとき、
時として、“人として、しっかりと生きてほしい”という相手に対する願望や
“つらい思いはさせたくない”という思いが強すぎて、その先が見えるばかりに、
出過ぎたことを言ってしまったり、やってしまったりすることもあるかもしれません。
私も伝えた後に、ちゃんと自分が伝えたいことは伝わったか、
あるいは余計な事を言ってしまったのではないかと後悔したり、悩んだりすることもあります。
そんな時に、私を救ってくれた人生の師の言葉は、
「あなたが、本当にその人のことだけを思って言ったかどうかが大切なのよ」と
教えていただきました。
極端な話、そこに愛があるかどうかが大切なこと…。
その言葉をいただいてからは、
「伝えないといけないことは、伝えにくい事でも、ちゃんと伝えよう」と思っています。
そして、自分が、その言葉の意味を再認識するために、自分自身にも言っているのだと思います。
(結局は、人に言っているようで、自分を律するために、自分自身に言っているのかもしれません…。)
お伝えした時は、私のことを疎ましく思われたとても、また、何言ってんだ?と思われたとしても、
いつか、その人にとって、何かを考えるヒントにでもなればいいなぁ…と思いますから。
それに、その時は私のことをあまり良く思われなかったとしても、
いつかきっと理解してもらえる時がくると信じていますから…
でも、結局、何にも理解していただけなかったときは、仕方ありません・・・。
その方は、私とはご縁がなかったのでしょうから…。

逆に私も、誰かが私に伝えられることは、いつも素直に謙虚で、フラットな心で
耳を傾けようと心掛けています。
「良薬口に苦し」と言うように、本当に自分の為になる忠告ほど、耳が痛いものですが、
これは、神様からのお声でしょうから…


キラキラした人~その2

まずは、ホームページが新しくなっていますので、
皆さま、アクセスお待ちいたしております。
新しいホームページのURLはhttp://tearoom-riverflow.com/です。
宜しくお願い致しますm(__)m


では、本題に…!(^^)!


何気なく、過去の自分のブログを読み返していて…

2011年5月31日に『キラキラした人』という題で書いていました…


『キラキラした人』

私は、今でも男女問わず、キラキラした人に魅力を感じますし、
前のブログでも書いていましたが、キラキラの原因は
純粋で、前向き(心が燃えてて、やる気に満ちていること)であるということだと信じています

でも、キラキラし続けるには、
ちゃんと自分を律しておかなければ持続しないということは確かなこと。
心がおごってしまっては、すぐにキラキラはなくなってしまいます。
不思議ですね…

お仕事でも趣味でも、何でもそうだと思うのですが、
まだ何もわからない時、始めたばっかりの時は、
ただいろんなことを知りたくて、ただ早く上達したくて、
ただその事だけに一生懸命になりませんか?
しかし、ある程度の時が経ち、
ある程度の経験を経て、ある程度の実力もついた時、
「自分はできている」「ここまで来た…」と
そこで満足してしまったり…。

『自分はできている』、または『これでいい』と思った瞬間から“劣化”が始まってしまいます
現状で満足してしまうのは、自分の実力を維持しているのではなく劣化ではないでしょうか…。

なぜなら、時代は(周囲は)目まぐるしく進化していっているのに、
自分は、その場所で(そのレベルで)立ち止まってしまったら
周囲との差は広がる一方ですから、劣化ではないかと思うのですが…。

周りを見渡すと残念なことに、
成功すれば成功するほど、キラキラしなくなっていく人が多いような気がします。
もちろん、逆にますますキラキラされる方も少なくありませんが…

長年、生きていれば、いろんな経験をすることで、
自然と損得とかを考えるようになったり、
お金だったり、名声だったりに囚われて物事を考えてしまったりするけれど、
“キラキラした人”は、“今よりもっと”、“今の自分よりもっと”良くなること・成長すること
常に考えて頑張っていらっしゃる。

また、成功すればするほど、財力や名声のお蔭で、
その人の周りにはイエスマンが多くなってきて、
ちゃんと本当の事を言ってくれる人が少なくなってくる…
“裸の王様”になってしまわないよう、
周りのおべんちゃらにご機嫌になってしまって、周りが見えなくなってしまうのではなく、
より一層、周りを、そして自分自身を静観することが大切なのではないだろうか…。

キラキラし続ける為には、財力や名声に満足してしまうような、
またはそればかりを求めてしまうような、
あるいは、自分の力を過信してしまうようなことがなく、
常に心が謙虚で、純粋で、
そして前向きに頑張ることが大切ではないだろうか…。

ときに、自分はできているという過信が、なんだか目に見えない流れをおかしくする…。
過信があると、人の言うことを素直に聞き入れられなくて
変なプライドが、折角のチャンスの邪魔をする。

( いくら言葉では謙虚な言葉を使っていたとしても、
  心が謙虚でなければ、それは形ばかりを取り繕っているだけで、
  本当の意味での謙虚ではない…。
  心は、行動や取り繕っているはずの言葉に必ず表れる。
  私は、そう思います。だから、いつも自分を律することが必要なのだと…
  でも、なかなか出来ていないのが現実ですが…(泣) )


また、相手に“求めない”(いろいろな意味での見返りを期待しない)ということも
大切なのではないでしょうか…。

例えば、私の場合、
自分にできることは、ただ紅茶を淹れることだけです。
お店にご来店いただいたお客様が穏やかな時間が過ごせるように努めるだけです。
私ができることは、ただ、心地よい時間をお過ごしいただければいいなぁ…と
少しでも幸せな時間を感じていただければいいなぁ…と一生懸命やるところまでで、
自分がした仕事に対して、それをどう受け入れていただけるかということは、
私がどうこうできることではなく、お客様自身のこと、お客様の自由です。
ですから、ご満足いただけるお客様もいらっしゃれば、
あまりご満足いただけなかったお客様もいらっしゃるかもしれません。
でも、それでいいと私は思っています

もちろん、自分がやっていることを社会にも認められたいと思うこともあります。
誰しも、自分自身を社会に認めてもらいたいと思うことは当然のことではないかと思いますが…。

しかし、私に限ったことではなく、周囲に認めてもらおうと焦る必要はないのではないか…
なぜなら、見てる人はきちんと見ていただいているし、
それぞれにここまで頑張ってきているのだったら、
心奢ることなく、ただ自分の仕事を、前向きに、“無心で”、頑張っていれば、
黙っていても、きっと認められる…。
そう信じています

もしも、周囲から自分が思うような結果を得られなかった時は、
少しは落ち込むかもしれないけれど、大丈夫!!
焦る必要も何もない。
自分が精いっぱいやったことであれば、あとはそれをただ冷静に、客観的に、
自分が思うような結果を得られなかった原因は何なのか?
もっと、こうした方がよかったという点を探求し、改善していけばいいだけのこと。
感情に動かされず、常に客観的に観ること。
そして、前にすすむこと、次に行動を移すこと。

それに、自分を認めてもらうためには、
決して、自分がやっていることが独りよがりにならずに、
相手が何を求めているのか?ということをしっかり把握する必要があるのではないか…。
自分のスタイルや考えを主張したいという想いは誰にでもあることだと思います。
しかし、仕事でやっている以上は、または、自分を認めてもらいたいと思うのであれば、
相手が求めているモノに応える必要があるのではないか…。

なんでもそうだと思うのですが、
他を自分の思うようにさせようと(自分の実力や思考、あるいは自分自身を認めてもらおうと)、
こちらが仕掛ける(その思いが強すぎて、表面に出てしまう)となかなか上手くいかなくて、
他は放っておいて、自分がすべきこと を淡々と楽しく一生懸命やっていれば
いつの間にか、自分の思うようになっていたりしません…?
自分のやっていることを認めてもらえるようになったりしていませんか?
だから、きっと大丈夫…。

同志と思える人が見つけられたのであれば、
まずは、信じてみよう…、最後まで見守ってみよう…

キラキラ、戻ってきてほしいなぁ…

水郷柳川ゆるり旅『英語で楽しむ大人の宴・満月の夜の川下り』開催

今回初めて企画・参加させていただきました体験型観光プログラムの
“水郷柳川ゆるり旅”『英語で楽しむ大人の宴 満月の夜の川下り』
10月19日(土)開催。

「納涼船でお月見ティーパーティー」と題し、
毎年、夜の川下りを楽しみながら、船の上でティーパーティーを行っていたのですが、
今回は、そのティーパーティーを英語で楽しもうという、外国人の方も参加できるような企画にしてみました。

英語の壁は、思っていた以上に高く、今回は、1隻での開催となりました。

しかし、実際に開催してみると、英語ということもあり、
皆様に楽しんでいただくには、逆に1隻でよかったなぁ…と…

参加者は、2名様が外国人の方で、あとは日本の方だったのですが、
皆様、一生懸命英語でお話しされていて、
自分で企画しているにもかかわらず、
「皆様、ちゃんと英語でお話しされていてすごいなぁ~」と感心してしまいました

18:15
River Flowに集合していただき、
そこからは、通訳案内士 有田圭子さんによるALL ENGLISHのガイドが始まります。
皆さん、和やかに、そして真剣に聞き入られていました。

それから、皆様ご一緒に徒歩5分程の城門観光様の船着き場まで移動します

皆様、ご乗船いただいたら、
そこで日本酒を提供していただきました柳川市の酒蔵・目野酒造様よりご挨拶をいただきまして、
出発です

お弁当を食べながら…、お話ししながら…
どんこ舟にゆられ30分程すると、
雅楽と巫女さんの舞で観月祭が行われている日吉神社に到着します。
雅楽
どんこ舟に乗ったまま、川からその舞台を鑑賞する風景は、
なんとも風流でございます

一方で、英語で会話をし、外国人の方も乗っている私たちの舟は、
すれ違うどんこ舟の方々からすると、少々不思議な団体のようでした…(笑)

そこで、10分程休憩です。
皆様には、一旦、舟を降りていただいている間に、
私達スタッフは、お食事からデザートへとテーブルを片付けます。

再び乗船し、出発です。
出発してすぐ、川柳大会の始まりです。
まず、皆様に一句作って、短冊に書いていただきます。
川柳…
一見、難しいように思えますが、昨年に引き続き、
皆様、ちゃんと考えていただけるんですよ
水の上なので、非日常的な雰囲気が、頭と心が自由になって、
いろいろと浮かんでくるのかなぁ…と
しかも、2名の外国人の方も、ちゃんと川柳を作っていただきました。
本当に、有り難いです
川柳1 川柳2
次に、舟の前方のお客様(太陽チーム)と後方のお客様(月チーム)の2チームに分かれ、
太陽チームと月チームでそれぞれのチームの人が書かれた川柳を集め、
太陽チームは月チームの、月チームは太陽チームの川柳の中で一番良かったものを
選んでいただきます。
最後は、太陽チームと月チームで選ばれた川柳から、
有田さんにWinnerを決めていただきました。
Winnerは、外国人のナターシャさんが選ばれました。
選ばれたご本人様もびっくりのご様子でした。

すると、雲に隠れていたお月様も、少しだけ顔をだしてくれました。
満月
なんと、幻想的なんでしょう…


続いて、お弁当を包んでいた風呂敷を使って、バッグの作り方のご紹介です。
今度は、座っている縦一列がチームとなり、伝言ゲーム形式で作り方を次の人に教えていき、
最後の人が、早くバッグを完成させた方がWinnerとなります。
やはり、“競争”となると盛り上がりますね(笑)
皆様、団結して頑張っていらっしゃいました。
応援しているこちらも、すごく楽しかったです

そして、最後は舟の上で花火大会です。
もう、盛り上がりは最高潮で、皆さま童心に返り、楽しんでいらっしゃいました。
ちょうど、宿泊施設のかんぽの宿の裏のお堀で花火をしていたので、
お泊り会なのか、幼稚園児たちが窓を開けて、
「花火~、花火~」、「バイバ~イ」と私達の舟に向かって叫んでいたり、
上の方のお部屋の宿泊客の方も、手を振られていたりして…。
なんだか、主催者である私たちまで、お仕事ながら心が解放される気分です。

お帰りは、皆さま、お話が弾んで、連絡先を交換されていたりと
およそ3時間の舟の旅を、すごく喜んでいただいたご様子でした
やはり、お客様に喜んでいただいているご様子を拝見すると、
また次も頑張ろうってなりますよね
本当に、お客様からたくさんのパワーをいただいて有り難い限りです。
本当にありがとうございます

そして、今回の開催にあたりご協力いただきました通訳案内士の有田圭子様をはじめ、
皆様に心から感謝申し上げます。
本当にありがとうございましたm(__)m

また、国内外を問わず、たくさんの方にご満足いただけるように
これからも試行錯誤しながら頑張っていきますので、
何卒、宜しくお願いいたします。

本当にありがとうございました

水郷柳川ゆるり旅『英語で楽しむ大人の宴 満月の夜の川下り』

こんばんは。

今日は、催しのご案内をさせていただきます

来月(10月)5日~11月30日まで、ここ柳川市におきまして、
体験型観光プログラム『水郷柳川 ゆるり旅』が開催されます。
この期間に14のいろいろなジャンルのプログラムがございまして、
私達“紅茶の店River Flow”も
“英語で楽しむ大人の宴 満月の夜の川下り”を企画させていただきました。

満月の夜の川下り(私たちは「納涼船でお月見ティーパーティー」と呼んでいましたが…)、
毎年、弊店が恒例として行っていて、ご好評をいただいている催しでございます。
今回は、外国人の方を含めた、たくさんの方にご参加いただければと、
通訳案内士の有田圭子様にもご協力をいただきまして、
「英語で楽しむ大人の宴」とさせていただきました。

満月を愛でつつ、川下りをしながら、どんこ船の上で
お食事やお茶を楽しんだり…
今回は、目野酒造様のご協力をいただきまして、日本酒も少しご用意いたしました。
また、ちょっと高尚に川柳を詠んだり…
童心にかえって花火をしたり…
知っていたら便利な風呂敷の使い方をご紹介したり…

およそ2時間半のコースですが、不思議と早く感じます。

柳川の観光として、川下りは有名ですが、
夜の川下りは、昼間とはまた違った雰囲気を醸し出し、
幻想的で時間の流れを忘れさせてくれます
以前、ご参加いただきましたお客様からは
夢の中にいるようだった…
と主催者冥利につきるようなお言葉といただいたり…

今回は、英語で進行させていただく主旨ですが、
私達RiverFlowスタッフも、もちろん乗船いたしますし、
日本人の参加者多数ですので、
「英語は話せないのでちょっと…」と思われる方も
ご心配されることなく、楽しんでいただけますよ


万が一、雨となった場合は、
店内での催しに変更になります。
店内では、もちろんお食事やお茶、お酒を楽しんでいただきながら、
茶道体験や、船の上での内容をもう少しバージョンアップさせた風呂敷講座を予定いたしております。

また、お帰りは西鉄柳川駅までのシャトルバスもご用意いたしておりますので、
電車をご利用のお客様もご安心してご参加ください。

まだ空きがございますので、ご都合よろしければご参加くださいませ。
お申し込みやご不明な点等ございましたら、お気軽に弊店までお尋ねください。
(0944-74-0211 メールでのお申し込みもです)
では、皆様にお会いできますことを心待ちに致しております

『水郷柳川ゆるり旅』のホームページはこちらです。
他にもプログラムがございますので、覗いてみてくださいね


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。