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オーナーのひとり言

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心のつながり

2月20日(日)。午前10時半過ぎだったか、
『オーナー、加賀・・・さん?という方からお電話です。』
と、相手のお名前を聞き取れずに、スタッフが私に電話をつないだ。

『もしもし、お電話かわりました。』
すると、
『福井の加賀谷です...憶えてますか
『えっ、久美さ~ん。お久しぶりです。お元気でしたか

電話の相手は、10年以上()も前に、
私が、自分が何をどうしたいのかわからなくなって、
『旅に出よう』と
JRの“青春18きっぷ”で、あちこち寄り道をしながら東京まで行ったときに、
岐阜県の世界遺産にもなっている白川郷で知り合った方だった。

私は、石川県の金沢から電車に乗って、
その後バスに揺られ3時間ほどかけて、白川郷に到着した。
夕方6時半くらいだったと思うが、辺りはすでに真っ暗で、
私が住んでる柳川では、見たことがないほど雪が積もっていて・・・。
予約をしていた合掌集落の民宿に到着して、
部屋に荷物を置いたら、すぐ夕食の時間になった。
夕食は、そこに宿泊しているみなさんで囲炉裏を囲って、
民宿の方が郷土料理を振舞ってくれて。
その時、久美さんご夫婦と初めて会ったのだ。
年の頃は、私の親世代の50代後半だろうか・・・
久美さんは、小柄でサバサバした感じの粋な女性で、
久美さんのご主人・弘美さんは体格がよくて、髭をはやした優しそうな方だった。
本当に、今、思い出しても“お似合いのご夫婦”だ。
食事の後に、民宿のおばさんが、三味線を演奏していただいたり、民謡を披露していただいたり・・・。
久美さんは、津軽三味線の先生をされているらしく、
民宿のおばさんと話しに華が咲いていた。

歓談の後、それぞれが各自の部屋に戻ろうとしていた時に、
民宿のおばさんが私に、
『明日は、どうするの』って訊かれたので
私は『長良川鉄道に乗って、名古屋まで出ようと思います』と答えると、
『ここから、一番近い駅まで、バスで2時間くらいはかかるよ・・・。
それに、朝8時台か、あとは夕方しかないからねぇ・・・』と言われて、
どうしようかなぁ・・・と考えていたら、
久美さんご夫婦が、『私達、途中まで一緒だから、乗せていってあげようか
というお言葉に甘えて、乗せてもらうことにした。
それが、私たちの心のつながりの始まりだった。

次の日の朝。
夕食時と同じように、囲炉裏を囲っての朝食を済ませたら、民宿を出発することに。
外は、すごくお天気が良く、
一面の銀世界は、お日様の光でキラキラ輝いていた。
すごい積雪にもかかわらず、
平気な顔してスニーカーを履いている私を見かねた弘美さんが、
民宿のおばさんに、ここら辺をちょっと廻ってくる間、長靴を貸してくれるよう頼んでくれた。
私は、長靴に履き替えて、ご夫婦のバンにお邪魔した。
合掌集落が一望できる展望台に連れて行ってもらって・・・。
キレイだなぁ・・・と思いながら、前へ前へ進んで行っていたら、ズボッ・・・
私は、フワフワの新雪に太ももの辺りまで足をはまらせてしまったのだ。
振り返ると、後ろで弘美さんと久美さんが『アハハ・・・』。
弘美さんに、引き上げていただいて、3人で爆笑

その後、民宿に長靴を帰しに戻ってから、長良川鉄道を目指して出発。
運転席に弘美さん、助手席に久美さん、
まるで私は2人の子供かのように、後部座席の真ん中に座っていた。
途中、スキー場で休憩して、『はい、飲みなさい・・・』って言って、
絞りたての牛乳を手渡されて・・・。甘くて美味しかったなぁ・・・

その後も、車に揺られながら、長良川鉄道の駅に到着した。
到着するとすぐさま、弘美さんが車から降りて、列車の時間を見てきてくれた。
確か、次の列車の出発時間まで1時間半くらいあった。
すると、弘美さんと久美さんが2人でゴニョゴニョっと話して、再び車のエンジンがかかった。
久美さんが、
『1時間半もあるなら、次の駅まで送ってあげるね。
その方が、電車賃もちょっとでも安くなるでしょ・・・』と言ってくれたので、
『でも、久美さん・・・。帰り道とは反対方向じゃないですか・・・。
 本当に、もうここで充分ですし・・・。ありがとうございます』と言うと、
『ここまで来たら、もういいじゃない。
“旅は道づれ”なんだし、私たちも用事があるわけじゃないから・・・』と。
『はぁ・・・、こんな人達もいるんだなぁ・・・』と初めて思ったかも。
で、次の駅についたけど、まだ時間があったので、もう一つ先の駅まで行ってくれて・・・。
【郡上八幡】という駅まで行ってくれた。
郡上八幡というところは、ご夫婦にとっても、ちょっとした思い出がある場所らしく・・・。
ちょっと、車で案内してくれた。
山間にある街で、街を流れる川が、すごく澄んでてキレイだったのが印象的だった。
弘美さんが、『ここ(郡上八幡)に来たら、ここの団子を食べないとね・・・』と言って、
私にお団子を買ってくれた。
『へぇ~、そうなんですね』と言って、よく分からずに言われるままに食べる私
その後、駅に戻り、まだあと1時間近く時間があった。
弘美さんは、ほとんど車が停まっていない駅の駐車場で、おもむろに洗車を始めていた。
『えっ、ここで洗車するの・・・自由な人だなぁ・・・』とかって思っていたら、
久美さんが『もうお昼だから、これ食べて行きなさい・・・』って、
お弁当を買ってきてくれていて、車の中で食べた
本当に、私、この人達の娘みたい・・・
今思えば、すごく心地よく、温かい時間だった

列車が到着して、列車に乗り込む私をホームまで2人で見送りに来てくれて、
別れ際、久美さんも私も涙が溢れてきていて・・・。
それを温かく見守る弘美さん...。
私は、列車が出発しても、列車の窓から顔を出して手を振り続けた。
久美さんも、見えなくなるまで手を振ってくれていた・・・。

今でも私だけでなく、お互いに、あの時の記憶を鮮明に憶えているのだ。

私たちが会ったのは、この最初の1回っきり...。
その後は、数回、電話で話ししただけの関係なのだ。
今日の電話も何年振りだろうか・・・。5年くらいは経つんじゃないかなぁ・・・


電話での会話のなか、久美さんが
『お父さん、一昨年、亡くなったのよ。
 あの大きな男がね・・・前の日まで元気にしてたのに・・・。
 あなたと電話で話してる時も、いつも横で(私たちの会話を)聞いてたのよ。』と話された。
『弘美さん、亡くなったんだ・・・
久美さんの口調から、
『本当に弘美さんのことを愛していたんだなぁ・・・。
 いや、今も愛しているんだなぁ・・・』
ということが感じられて、何とも言えなかった。

話しの流れから、
『あなた、結婚は
『いや、まだしていません・・・
『どうしてしてないの
『どうしてって・・・
(それは私が訊きたい話です・・・と心でつぶやきながら・・・)』

久美さん達は再婚同士だったということもあり、籍は入れられてなかったらしいが、
本当に、お互いに愛し合い、しっかりと心の深いところで繋がっている関係だったに違いない。
すごく素敵ですよね・・・
“添い遂げる”ってこういう事をいうんだろうなぁ・・・

その後も、
『私達、二人でいろんな所に出かけて行って、いろんな人と知り合ったけど、
10年以上も繋がっている人はいないのよ。
なんでだろうねぇ・・・。お父さんも私も、なんだかあなたのことは気になってたのよ。
あなたがお店を始めたっていうから、
お父さんと突然行って、驚かしてやろうかねぇ・・・って話してたのよ。
もう、今は私も年をとって、体がそんなに元気じゃなくなったから行けないけど・・・。
今も、あなたからもらったメールを消さないでとってるからね・・・
って言われ、お店の営業中だというのに、嬉しさのあまり涙が溢れてきた。

“心のつながり”を実感したときの感情は、
なんと表現したらいいのだろうか・・・。
言葉にできない・・・。
ただただ涙が溢れてきて・・・。

改めて、“心のつながり”というのは、
一緒に過ごした時間の長さとか、何を人に与えたかとかの物質的なモノなどではなく、
“その人の心に、どれほど触れることができたかということが大切なんだ”
と実感する出来事だった。

電話の様子では、久美さん、ちょっと寂しそうだったなぁ・・・
今年は、久美さんに会いに福井に行こうかなぁ・・・
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